心に多色礼讃

唯一無二の大したことないことを胸に

【大人の人見知り】克服よりも受け入れてみれば【後編】

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こんにちは、心に多色礼讃のルレムラです。

前回に引き続き、「自分の人見知りを否定しない、受け入れる」お話です。

 

前回はコチラ。克服の意味を問う内容になりました。

 

lure-fuzen.hatenablog.com

 


今回は具体的に、自分の中の人見知りをどう捉えたらいいのか考えます。

 

 

 

人見知り宣言は弱みの開示

 

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宣言の意味

私個人の意見として。 

 

「人見知り」がどんなに市民権を得ようと、私の中で人見知りはあくまでパーソナルな部分です。まぁ、今回思うところがあって書くに至りましたが。

 

なので現実に会った人で「人見知り?」なんて訊かれない限り、「人見知りです」とも言わない。むしろ暴かれた!と気恥ずかしさを覚える感覚なのです(ブログではネタとして使えるけど)。

 

ところがこの「人見知りです」発言、ある種の人からしたら「何様のつもりか」とか「気遣ってほしい宣言だ」とか取られるらしいようでして(いろんな人がいるもんだ)。そんな意図は全くなくって、深く考えたことなかったんですよ。

 

相手の心の偏見具合によりますが、私にとって人見知り宣言は、文字通りの宣言でもなんでもなくて、発言であり、弱みの開示です。

  

宣言の意味(補足)

 

恐らくコレ、「宣言」だと捉えられてしまうくらいだから、「人見知りです」と言っても、受けた側は一方的に突き付けられた感があって腹が立つのか。

 

「私、人見知りでうまく喋れなくて、ひょっとしたらあなたに煩わしい思いをさせるかもしれません。そうなったらごめんなさい」的に伝えたら、相手も「仕方ないなぁ」とちょっと納得してくれるかもしれません。ちょっと回りくどいですが。角が立たないためにはフォローとクッションが大事。

 

 

人見知りしない人=精神的に成熟している人?

 

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人見知りは子供、なんて言いますが。

 

内面の成熟度が足りない人間、つまり子供のくくりになるんでしょうが、今まで会ってきた、いい大人と呼ばれる年齢層の方々でも、みんなどこかしら子供っぽい部分がありましたよ。

 

本題からはズレてしまいますが、精神的に未熟なんて、人見知りに限った話じゃありません。本当に精神的に成熟している人を探す方が難しいのです。 

 

自分にとって居心地いい世界を作る

 

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さて、本題。

 

「人見知り宣言」は、弱みの開示としてうまく相手に伝えれば、コミュニケーションツールになります。


実際、30年近く生きてきて分かったのは、「人見知りでだいぶヘンテコな私でも接してくれる人はいる」ということ。そして私自身、そういう人といると居心地がいいということ。

 

なぜなら、そういう人たちといると無理なく自分を出せるので、自分のことが好きでいられるのです。自分から人に接する力が不足しているなら、その力がある人に補ってもらえばいいのです。背伸びしても自分がしんどいだけ。

 


「人見知りだと狭い世界になるよ」という考えも、もちろん持っています。でも、自分で自分を否定するのは、もっと狭くて苦しい世界です。

 

無理に枝葉を広げなくても、自分にとって居心地のいい世界を伸ばしていくことだって十分可能だと気付きました。

 

 

自分で自分を見つめる

 

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人見知りしない、ちゃんとした大人じゃないことにすごく引け目を感じていました。正確に言うと今もですが。

 

 

ほんのちょっとしたことなのに、相手の反応が気になって、声をかけることができない。だから、人に受け入れられてないと思い込んでいたんですね。ええ、完全な思い込みです。

 

何よりも人見知りが悪いという前提を、私が私自身に課していたのです

 

「人見知り」であり「人に話しかけるのが恥ずかしい私」を否定して自分をいじめていたわけです。

 

それに気づいてから、自分自身の性質を変えるのを辞めました。そのまま、人見知りである自分を認めてあげようと、思うようになりました。前編記事、とても受け入れているように思えないんですがね(汗) 

 

そんな時は「あぁ、まだまだ受けいれてないなぁ」と傍から自分を見つめる感覚を持つように意識しています。

  

変えなくていいことと、変えていいこと

 

うむ、まとめよう。

 

「人見知りである自分を変える必要はない。人見知りである自分を責めるのは変えてもいい。」

 

元々、前の派遣の職場で悩んでいた時に、アドバイスくれた方から至った考え。

 

変えなきゃ!と思うとしんどいので「変えてもいい」くらいのスタンスで。本当に変われるのは腑に落ちた時のみ。

 

社会的なスキルが多少付いてみても、子供のころの核の部分なんて変わりはしない。恥ずかしがり屋の人見知りの私のまま。そのまま人見知りである自分を受け入れたらいいんです。

 

まぁ、自分をいじめたりせずに、まずはできない自分を認めてあげましょうよ。そうしたらもう少し、世界も広がるはずです。


読んでいただきありがとうございました!

 

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